政策

税金を考える =前編=

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消費税は廃止すべきです。

明日から消費税が増税されます。この機会に日本人にとっての税金を考えてみましょう。日本は縄文時代から始まり世界の中でも最も長い歴史を持つ民族でしょう。我が国のそれぞれの時代に税金はどうだったのかを考えることから始めます。

縄文時代

この時代には税金があった記録が残されていません。

弥生時代

この時代の邪馬台国では、種もみや絹織物を貢ぎ物として納めさせていたと『三国志』の魏志倭人伝には書かれています。

話はそれますが、この頃の中国大陸の王朝は三国時代を終わらせ統一して間もない西晋です。後々の明とともに中国大陸における数少ない漢人による王朝のひとつです。教科書で習った隋も唐も宋、元、そして清、これらの国はみな漢人ではなく、異民族による国です。隋は鮮卑人、唐も鮮卑人系、宋は女真族、元はモンゴル人、清は満州人です。中国大陸の長い歴史の中で、日本人が中国大陸の王朝であっても何も歴史上は問題ないはずです。現在の中華人民共和国は日本に対する敵愾心を持っていますが、それは漢人による政権を維持したいからにほかなりません。

飛鳥・奈良時代

唐の国を見習い、大宝律令を定め、租(穀物の収穫量の3%~10%を徴収)・庸(生産年齢の男性に課されました。都での10日間の労働か、それに替えて米や布を納める)・調(布を収めるのが基本ですが、地方の特産品を納めても良い)という税制度を作りました。布には京まで運ぶのに軽い麻布がよく使われていました。この当時から大麻草はよく栽培されていて茎の繊維から麻布が織られていました。しかし江戸時代になると次第に綿布にとってかわられるようになります。

また雑徭というのもあり、地元での公共工事に60日間奉仕するというものです。

平安・鎌倉時代

このころは地方に荘園や寺社ができ、次第に勢力を持つようになり地方の権力が強くなってきます。そうすると地方税も発生してきました。庶民はその土地を所有する豪族に対して年貢や公事(布や薪炭、野菜など)、夫役(ぶやく。労働力で納める税)などを納めていました。

室町・安土桃山時代

室町時代になると商業活動が盛んになります。商工業者に対しても税が課せられるようになり、街道に設けられた関所では、関銭(今の関税のようなもの)課せられました。

その後日本を統一した豊臣秀吉は全国の検地をおこない、正確に土地の面積や収穫量を調査して課税しました。中央集権化して税は中央のみに収めるようになっていましたが、実際は村や大地主に地方税のように課税されていました。

江戸時代

江戸時代になっても税制の基本はそのまま受け継がれました。商業は一段と発達してきましたので、商工業者に対する税も、運上金・冥加金と新税が作られていきます。

明治大正時代と昭和初期

地租改正が行われ税金を現物で納めるのではなく、貨幣で納めるように変えました。これは日本の税制の根本的な転換となります。地価の3%を貨幣で納めなければなりません。それまでは五公五民といって50%の現物納付であっても、半分は残ります。凶作の時でも少しは食べるものが残ります。しかし地価の3%を現金で納めるのは農民にとって全く異なります。現金で納めるためには換金しなければなりません。しかも凶作でも豊作の時と同じ金額になりますので、不作の時は借金して納めていました。しかも、そもそも、地価を高く設定されていましたので、もとから重税でした。江戸時代には、不作の時は納税を免除したり、備蓄米を放出したりしてくれていました。

この時代は外国と戦争するための戦費を調達するために増税されていきます。日清戦争、日露戦争、日中戦争、大東亜戦争と戦争に明け暮れた時代です。

続く

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